「上手くいかない難しさも楽しめる人」が最も強い

幸せに生きられる人には誰も勝てない

西端春枝 真宗大谷派淨信寺副住職

昔の人の言葉に「喜ぶ人には勝てない」というのがあります。
他人が辛かろう、寂しかろうといっても、いや自分は幸せですという人には誰も勝てないんですね。

月刊誌『致知』2014年9月号より

論語の『子曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。(理解している人も、それを好きな人にはかなわない。好きな人も、それを楽しんでいる人にはかなわない。)』に通じるものがあります。

西端さんは篤志面接官(刑務所に入所している人たちと面会する人)の仕事で入所者と面会しているなかで、入所者たちが、罪を犯した原因を自分以外のところに求めていることに気付いたといいます。そのことの話の流れで語られていたのが上の「喜ぶ人には勝てない」という言葉なのですが、これは何も特殊な環境や過去を持つ人だけが心するべき言葉ではないように思えました。

何か上手くいっていない時、上手くいかない状況が続いている時、そのことの原因を自分以外の何かに責任転嫁していないだろうか。誰かのせいにしてはいないだろうか。環境のせいにはしていないだろうか。

何事も楽しみ、上手くいかない難しさすらも楽しみながら、「喜ぶ人」として生きていきたいものです。

西端春枝(にしばた・はるえ)93歳
大正11年大阪府生まれ。昭和16年大谷女子専門学校卒業後、小学校教師に。20年退職。21年西端行雄氏と結婚、夫婦で行商を始める。25年ハトヤを開業し、38年ニチイ創立。49年同社株式上場を機に退職。淨信寺副住職として今日に至る。大谷学園理事、全国女性同友会名誉会長、近畿女性同友会会長、「雑巾を縫う会」会長などを務める。著書に『縁により縁に生きる』(ぱるす出版)がある。

少し複雑な大家族の中で幼少期を過ごし、幼心にいろいろな葛藤を抱え、まだ小学校にも上がらない頃に二度も自殺しようとしたことがある。その後、心配した母親の考えにより大谷学園に入学。ここでの教えや先生方との出会いが回心(全人格や魂を根底から覆されるような教えに出合うこと)となる。

専門学校を卒業後は学童疎開の教師として田舎にいるも、戦火に追われる毎日を送る。終戦後、勤め先の学校で教師仲間だった西端行雄氏と結婚。

長男が3歳になる頃、自身が腸結核を患い、医師からは余命5日を宣告される。しかし治療のために寝ていると、廊下を歩くお姑さんの後ろから「お母さん、お母さん」とついて歩く息子の声を聞き、「何くそ、こんな病気なんか治して、私のことを『お母さん』て言うてもらうんや」と奮い立つ。その後、家族やご近所の方の篤い世話も受け、みるみる回復した。

病気を乗り越えた後、夫婦で大阪へ出てハトヤを開業。一坪半の小さなお店を始める。見よう見まねの商売では売上げも思わしくなく、その後は熱心に商売の勉強を始める。

いろんな勉強をする中で、アメリカのセルフサービスという新しい商売のやり方に出合い、その学びをもとに、昭和38年に小売業4社を合併してスーパーのニチイを立ち上げる。

ニチイは順調に成長を遂げ、49年には株式上場。それを機に自身は経営から退く。その後は、息子が住職をしている大谷派の淨信寺で副住職のお務めをするなどして、現在に至る。

 

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