覇権国イギリスが小さな島国日本と同盟を結んだ理由

覇権国イギリスが小さな島国日本と同盟を結んだ理由

他の国とは平等の条約など決して結ばなかったイギリスが、しかも世界中で有色人種が虐げられていた時代に、なぜ日本とだけは平等の条約(日英同盟)を結んだのか。
「品格」という視点から見た、示唆に富む話がありましたので紹介します。

渡部昇一(上智大学名誉教授) 著『自分の品格』から要約

生麦事件 -「上意討ちは武士の習い」

  • なぜイギリスは日本に対してだけは態度を違えたのか。
    
一つにはまず、1862年の生麦事件がある。この事件は、薩摩の島津久光の行列へ

    馬に乗って突っ込んできたイギリス人を、従士が無礼討ちした事件
  • イギリスは当然のこととして賠償金を要求した。
    
幕府はイギリスの圧力におびえ賠償金を支払い、残りは薩摩藩からということになった。
    しかし薩摩藩は、上意討ちは武士の習いと、イギリスの要求を突っぱねた
  • 威嚇すれば賠償金は取れるとふんで、イギリスは薩摩に艦隊を送り、
    結局そのまま、薩英戦争になってしまった。
    が、薩摩藩は意外に強かった。
    とうとうイギリス側の艦長が戦死し、艦隊は錨を切って逃げるという事態にまでなった

この生麦事件の時におずおずと賠償金を支払っていたら、その時点で日本とイギリスの関係ははっきりと、属国と宗主国の関係になってしまっていたことでしょう。日本人であれば絶対に許されない無礼、つまりは犯罪を犯しておきながら、罰せられたら賠償金を要求できるというようでは、その時点で両者の立場が明確になるのは明らかなことです。

しかもそんなことがあれば、武士としては武士の心構えも何もあったものではありません。殿様の言うことを聞くより、イギリス様の言うことを聞くことが「正しい」ということになれば、お伺いを立てるべき相手はイギリス様ということになってしまうのですから。イギリス様に要求されていない年貢だって、なぜお前らに納めなければならないんだ、名ばかり君主が偉そうにしてんじゃねえよ、ということになってしまいます。国や、民の心は、大混乱に陥ってしまうことでしょう。…そして内部が混乱していれば…そこにはイギリスが日本を統治すべき大義や口実も、そしてそれを実行するのに十分なだけのチャンスや隙も、生まれてしまいます。

薩摩藩の判断は、その後戦争になってしまったという事実だけを見ると褒められたものではないのかもしれないけれど、でも戦うべきところで戦ったその判断があったからこそ、武士の気品も保たれ、ひいては日本国そのものが保たれた、のではないでしょうか。争いを避けることだけが善だとするような価値観は、歴史を見ればそれは「自滅する者たちの持っていた価値観」だということが分かります。

野蛮ではない強さが、イギリスに同盟を選択させた

  • イギリスその他と連合軍を組織して戦った北清事変では、
    日本軍は厳しい戦況の中でも暗くならず、常に朗らかで士気も旺盛だったと、
    イギリス人総指揮官に多大なる感銘を与えていた
  • 当時、世界に冠たる国であったイギリスは、
    いろいろな国の有り様を観察できる立場にあった。
    だから、日本はちょっと違うぞ、という実感を持った。
    こうして、ロシアの備えにもなり得ると考え、日英同盟という、
    当時の世界を驚愕させた対等な軍事条約が成立した

強いだけでは脅威になってしまいます。下手に支配しようとするより同盟を結んでおいた方が良さそうだと感じさせる、強さと気品、また少し違った角度から見れば「強さと優しさ」、そういったものを感じていたからこそ、イギリスは「攻めるよりも、手を結ぼう」という選択を取ったのではないでしょうか。

現代の価値観で見れば、ムダに敵を増やすようなことは自分の首を締めるだけだと、誰だって思うでしょう。でも当時の世界は、白人が、有色人種をイヌネコや獣のごときものとして扱い、働かせ、自分たちは遊んでいても暮らしていけることが「自立」であり「立派な生き方」として当然のように考えられていた時代です。労働は卑しい民族にやらせておくべきものとして考えられていたような時代です。そんな時代に、東洋の小さな島国が英国と対等の同盟を結んだのですから、そりゃ世界も驚愕するのは当然でしょう。

これは対アメリカにおいても同じです。あの超大国アメリカと正面切ってまともに戦争したことがある国は、歴史上で日本だけです。

闘うべきところで闘う、守るべきものは命をかけて守る。そういう気品があったからこそ、今の日本があるのではないかと、そう思わずにはいられません。

以上です。
ではでは。

 

フォロー/Feed

『覇権国イギリスが小さな島国日本と同盟を結んだ理由』へのコメント

  1. 名前:あーさー 投稿日:2016/01/26(火) 20:10:10 ID:890e9f1f0

    私はイギリスが好きなのでこういうのをみれて役に立ちました!

  2. 名前:名無し 投稿日:2016/06/12(日) 22:03:02 ID:ae1e68682

    別の見方をすれば、大和民族そのものをよく見ると、ヨーロッパ系の人種が、少なくとも伊勢神宮建立以前から非常に多く、それも外国人としてではなく、普通の日本人、大和民族として存在していたという事実。イギリス人や他のヨーロッパ人と同じ血が流れている(混血の方が多いだろうけれども)日本人が多かったので、思想が通じる所も多かったのではないか。もちろんそういった自覚は誰も持っていなかっただろう。今もそうだと感ずる。日本の古代に非常に興味がある。ノーベル賞、物理化学賞を取っているのも純粋日本人だけという事実が、古代の遺伝子を考える参考になる。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。