運とは-2|運が良くなる『徳を積む』方法

運とは-2|運が良くなる『徳を積む』方法

先日、『運を良くする方法』という記事を書きました。その記事の続きで、今回は前回の記事で少し触れている「天運」についての話です。

運とは|運を良くする方法
「運がいい」とはつまり、「人から好かれている」ということ。

「徳を積む」と言うと、まるで修行僧か何かのようですが、ここで言う「徳を積む」というのは、お坊さんの考え方と似ているけど少し違います。

陰徳とか陽徳とか、善行だとか、そういう話に近いものもありますが、少しだけ違います。きっと、そういうお坊さんの説きそうなありがたい話よりはいくらか、分かりやすく腑に落ちる話だと思うので、運を良くしたい人は参考にしてみてください。

「仕事や事業が上手くいく」とか「人間関係に恵まれる」とか、そういう具体的な運の良さを実感できる人生を送るための、徳の積み方の話です。

魅力貯金を貯めると天運に恵まれる

徳を積むというのは、天に貯金をしているようなもの、という風に表現されたりもします。そしてその「天に貯めておく徳の貯金」のことを、斎藤一人さんの言葉を借りてここでは「魅力貯金」と呼ぶことにします。

簡単に言うとこの魅力貯金が貯まっている人ほど天運に恵まれ、逆にその貯金が少ないどころか借金をしてしまっているような状態の人が「天に見放された」かのような災難の連続を味わうことになる、という考え方です。

徳とは、得のこと

徳と聞くと、何か自己満の“行い”を思い浮かべる人が多いようです。でも残念ながらそんなことをしても誰も得をしません。そんなことぐらいおおよそ誰でも分かることだから、だからお坊さんの「徳を積めば…」という話をほとんどの人は素直に受け入れられないのではないかと思います。

要は世の中の人たちに得をさせればいい

いきなり結論から入りますが、徳を積むというのはひと言で言ってしまえば「誰かに得をさせる」ということです。

あなたのお陰で誰かが得をすると、その時あなたは「徳(得)を積んだ」ことになり、その積んでる徳(得)が増えていけばいくほど、銀行預金に金利が付くようにあなたはその徳(得)から得を得られるようになってくるわけです。

「善い行い」は難しくない

美人は得をする

「美人は得をする」のは当然

男は美人が大好きです。美人と接するだけで少し元気になれたりします。見ているだけで、その場に居てくれるだけで、元気になれたりします。

つまり、美人な人は明るく愛想よく男性と接しているだけでも「相手の男性に得させている=得を積んでいる」ことになるわけです。

日々得を積んでいる美人が、得をしないわけがありません。得しなきゃ不公平、得して当然なだけ、日々、徳(得)を積んでいるのです。

ほとんどの人は「善い行い」を勘違いしがち

徳を積むと聞くと「善い行いをすること」と考えるのが普通です。そしてそれ自体は間違っていないと思います。でも、善い行いとは何なのかを、ちゃんと理解している人はあまりいないんじゃないかと思います。

善いも悪いも究極的には人の心が決めることであり、誰かに「嬉しい!」「ありがとう!」と思ってもらえることならそれは「善い行い」です。誰かに施しをするとか、陰でこっそり寄付するとか、そういうのもいいですが、そればかりが善い行いではないし、そもそも私たち一般人には日常の中でもっとできることがいくらでもあるはずです。

人を助けることが善行になることぐらいは誰でも理解できると思いますが、なぜそれが善行になるのかと言えば、とどのつまりは「困っている人の心を軽くしてあげた」ことが善行になるわけです。

つまり、若い女の子が可愛くそこに存在しているだけで、それも一つの善行と言えるかもしれません。少なからずその周囲の男性たちの心を明るくするだけの力がありますから。疲れている心を軽くしてやれるだけの力があったりしますから。

男性だって、清潔感があって、頼もしくてかっこ良ければ、そんな人は会う人会う人相手に少しづつ得を積んでいるかもしれません。誰かの心をときめかせれば、その分だけその相手は元気になれるのですから、それは徳を積んでいる行為に他なりません。素敵な人は、素敵な人であることそのものが徳を積む行為になっているのです。

正しさで幸せにはなれない

相手を否定すれば、相手の心を重くします。その否定の理論がどんなに正論であったとしても、相手の心を重くしてしまった以上、それは悪い行いです。

自分が正しいと信じていれば許されるというものではありません。正論で相手を傷つけるのは、「地球の二酸化炭素濃度が高まっているから、人口は減った方がいい」と言って大量虐殺を正当化するのと何ら変わらないことです。

正しい正しくないではなく、どれだけ世の中にハッピーを増やせるか。そう考えると善い行いというものが分かりやすくなります。

得を積んでいると、なぜかいいことが起きるようになる

なぜかいいことが起きる

前の記事で言及している人運が高まると「なぜか周りの人が協力的になってくれる」みたいに感じるのと同じように、魅力貯金が貯まってくると「なぜかいいことが起こる」ようになります。「なぜか」の部分の具体的な仕組みや働きはよく分かりませんが、分かる必要もないでしょう。そこまで解明しようとしたら人生が何百年あっても足りなそうです。

得を積めていれば、人生は必ず上向く

自分は善く生きてるはずなのに、人生にいいことが次々起こらないのであれば、それは天運に恵まれてない証だと言えます。

そんな場合は「本当に誰かを得させているか?」、省みた方がいいです。

一般的なイメージの「善い行い」が、本当に善い行いであるとは限りません。また逆に、何気ない言動がすごく善い行い(大きく得を積む行為)になったりする可能性もあります。

たとえばこの記事を読んだ人が「いいこと知った!」と思ってくれれば、私にとってはこの記事を公開しておくことも一つの徳(得)を積む行為になります。

もう少し突っ込んだことを言えば、この記事を公開しておくことにより積んだ徳(得)は、広告収入という形で直接的には返ってこなくても、先に述べたように「なぜかいいことが起こる」という風に、まわり回って何らかの形で私に得をもたらしてくれます。

もちろん、「こんないい記事書いてるのに、あれおかしいな?」ということであれば、その時は記事の書き方を工夫してみたり、タイトルをもっと魅力的な読みたくなるタイトルに書き換えてみたり、という然るべき努力は必要です。正しい正しくないの話と同じで「自分が善いと思えば良い」ではないので。

いいことが起こらないのであれば、それは魅力貯金が足らないから。魅力貯金が貯まらないのは、魅力的でないから。自分で思っているほど誰かに得させることができていないから。それが絶対とは言えないけど、大体の場合においてはそうだと思います。

おわり

運というもののメカニズム。本当のところは誰にも分からないものだと思いますが、以下の記事とこの記事を通して誰かの何らかの気付きのきっかけにでもなれれば幸いです。

運とは|運を良くする方法
「運がいい」とはつまり、「人から好かれている」ということ。


以上です、
ではまた

 

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