運とは|運を良くする方法

運を良くする方法|金運・仕事運は運勢次第

運とは何か?運のいい人、悪い人、その違いって何なんだろう?
そんな疑問を10代の頃からずっと抱えていました。

もちろん自分で考えるだけではなく、自己啓発本や精神世界的な方面の本なんかもいろいろ読んで、時には分かったような気になって、でも時間の経過とともに「なんか違うっぽい」とか感じたりもして。そんなことを繰り返しながら、人生経験を積みながら、少しづつ理解を深めてきました。

で、ある程度ちゃんと説明できるぐらいに理解が深まってきた、と自分では思っているので、「運を良くする方法」という大それたタイトルで記事を書いてみてしまおうと。そんな風に思い立ちました。

もちろん実感を伴った理解であって、単なる机上の空論的な、または「インプットした知識をアウトプットする」みたいな単なる受け売りでもないので、多少なりとも何らかの参考にしてもらえるんじゃないかなとは思います。

運を良くしたい人は読み込んでみてください。

運は良くなる

「運」と一口に言っても、そのタイプにはいくつかあるようです。

天運、地運、人運

運について強い関心を持っていると、よく「天運、地運、人運」というキーワードを見聞きします。

そのため、まだ私は「運というのはその3つに分けられる」という風に考えるほどの確信は得ていませんが、「もしかしたらそういうものなのかな〜?」ぐらいの感じで、どちらかと言うと運の実態を理解する際の一つの助けとして参考にしています。

そして今のところ、「天運」と「人運」について、自分としてはかなり具体的に理解が深まってきているように感じています。が、「地運」については、正直まださっぱりです。「本当に地運という概念が成立するような運の働きってあるんだろうか?」というぐらいにさっぱりです。

人運を高める方法です

なのでこの記事では地運的な運については(それがどんなものかも、存在するのかも分かりませんが)触れません。でさらに、天運についてはまた今度書こうと思うので、天運についても触れません。

ということで、この記事ではいわゆる「人運」と呼ばれるものについて(過去の大天才たちが人運と呼んだものと今私が考えているものが同じなのかどうかは定かではありませんが…)の現状での自分なりの見解を記事にしてみます。

ほとんど実体験の中で理解してきました

普通こういうものの理解というのは超絶頭のいい人が凡人には理解できないような哲学的思考の末に見いだすものだと思いますが、私の場合は残念ながらそんな超人的なことはできないので、自分の人生の中で仮説と検証を繰り返しながら見いだしてきました。

でもその分、人に説明するには、超人に比べて分かりやすく説明できるのではないかなと。そんな風に思っています。なので難しい話が苦手な人でもとりあえず一通り読んでみてください。ついでに日を置いて二度三度読み返してみれば、余裕で理解が深まっていくと思います。

さて、では本題に。

運がいい = 多くの人から好かれている

運というものを考える上では、まずその前提として「私たちは常に、自分以外の人々に運ばれている存在」だということを理解してもらう必要があります。

なのでそのことについての話から入って、そのまま運の話に流れていきます。

あなたの人生はあなた以外の人によって決められている

私たちは自分以外の人や環境によって運ばれている存在です。

たとえばあなたの雇い主があなたに年間300万円の報酬しか支払わなければ、あなたは年収300万円の生活を送ることになります。年間800万円の報酬を支払ってもらえれば、あなたはその雇い主のお陰で年収800万円の生活を送ることができます。

あなたの生活水準を決めているのは、あなたに報酬を支払っている人です。

また、たとえば女性に全く好かれず、振られ続ければ、あなたは独身としての人生を歩むことになります。けれど誰かに好かれてお付き合いできれば、その人と共に人生を歩んだりもします。

あなたの人生を独身で過ごす人生にするか、家族を持って過ごす人生にするかの、その決定権は、あなた以外の誰かが握っているわけです。

運勢とは、運ばれる勢い

もちろん自分は自分で頑張ります。努力します。けれどもそんな努力している自分がどんな方向へどう運ばれていくかは、自分以外の人々の影響によって決定します。

どんなに頑張っても、その頑張りが報われないときもあります。努力しているつもりでも、その努力が何の意味もなさないときもあります(人運が無い状態)。逆に、ちょっと頑張っただけで大きな報酬や成果を得られることもあります。

つまり、
運がいい、運勢がいい、というのは、運ばれ方の内容や勢いがいい、ということ。
運が悪い、運勢が悪い、というのは、運ばれ方の内容や勢いが悪い、ということ。

運ばれ方が悪い時、「運勢が悪い」と言う

つまり「運が悪い」とは、たとえば自分はこうしたいと思って努力していても、それを邪魔されたり、何だかんだあって思うように事が運ばなかったり。人生を好転させようと頑張っていても、たとえば日常の些事に追われてなかなか前へ進まなかったり変化を起こせずにいたり。

そういう「運ばれる勢いが悪い」状態を、運が悪い、運勢が悪い、と言います。

なぜ運が悪いのか

たとえば家族が協力的であれば、ある日あなたが「YouTuber になりたい」と言い出しても、あなたが子どもであればその親はビデオカメラや動画編集ソフトを用意してくれるかもしれません。あなたが大人であれば彼女や奥さんは撮影に協力してくれるかもしれません。

でも運の悪い人の場合、そういうことにはなりません。
親には反対され、彼女や奥さんには隠れてやらなければならないかもしれません。

何においても同じです。
運の悪い人の周りには、運を悪くするだけの人や環境が必ずあります。

自分を運んでくれる周りの人々や環境が、良いものではないから、結果として自分の運(運ばれる勢い)が悪い状態になっているのです。

運を良くする方法

つまり、運を良くするには、自分を運んでくれる周りの人々や環境を、良いものにすればいいわけです。難しく考えず、単純に。周りの人々が自分に協力的になれば、自分の運は良くなる。そのぐらい誰でもすぐに想像できると思います。

具体的には、協力的な人を自分の周りに増やし、そして目的に対して適した環境に身を置くこと。そうすれば目的へと運ばれる勢いは良いものになります。それまでより運のいい状態になれます。

なぜ周りの人はあなたに非協力的なのか

運の悪い人の周りには、非協力的な人が集まっています。逆に、たとえばすごく運のいい人の周りには、協力的な人が集まっています。

これは「誰」という問題ではなく、仮に同じAさんでも、あなた次第で変化するものです。たとえばあなたが貧乏な時はAさんはあなたに非協力的かもしれませんが、あなたが事業で成功すれば、とたんに同じAさんが協力的な人物に変化したりもします。

運がいい人は、周りの人に利益をもたらす

逆に、運の悪い人は、周りの人の利益を考えません。

私たち人間には、大部分においてほとんど同じようなものが与えられています。考える頭、手足、言葉、活動するエネルギー、…。それなのに、周りに利益をもたらす人とそうでない人との違いがあるのです。

なぜなら持っているものはほとんど同じでも、その使い方次第で周りの人に与える影響が全く違ってくるからです。同じように発することができる言葉でも、貶すような言葉を発すれば相手は傷つくし、褒めたり認めたりするような言葉を発すれば相手は喜んで元気になったりもします。

あなたは周りから見て「運んでやる価値がある人物」か?

あなたに力を貸すことに何らかのメリットを感じなければ、周囲の人はあなたに力を貸そうとは思いません。

もしもあなたがお金持ちなら、または権力を持っていれば、あなたに力を貸すことには何らかのメリットが期待できそうだから、それだけで周囲の人は協力的になります。あなたに将来性を強く感じれば、それだけでも人は「この人には恩を売っておこう」という気にもなります。

もしあなたが「運がよくない」「運勢がよくない」のであれば、それはそのまま「周りの人にとってあなたは運んでやるに値しない人」ということを意味します。出世も、インサイダー情報も、良縁も、周りの人があなたを運ぶことに価値を感じるかどうか次第な部分がほとんどです。

「いい人」なんて掃いて捨てるほど存在する

現代的な軽い道徳観では、「いい人」であることがまるで全てかのように勘違いしやすい面があるかと思います。でも決して、優しいだけの「いい人」では、運は良くなりません。どちらかと言うと運は悪い、運ばれる勢いは悪い、ことの方が多いぐらいです。

なぜなら「いい人」という側面だけでは何ら価値を感じないからです。掃いて捨てるほどいる「いい人」たちが何ら自分に利益をもたらさないことぐらいは皆人生の中で感じ取っているからです。

たとえば生活に困窮した人にとって「価値が高い人」というのは、自分の身の上を同情してくれるような「いい人」ではありません。当面の生活費を貸してくれるような、経済力を持った人です。たとえその貸主が貸す理由は優しさからではなく利息を儲けるためだったとしても。

だから普段も、「いい人」に力を貸そうとする人は滅多にいないけれど、お金持ちになら力を貸そうとする人がごまんと出てきます。結果、「いい人」とお金持ちでは「運ばれる勢いが全然違う」ということになります。運の強さがぜんぜん違うわけです。

みんな「力持ちで優しい人」が好き

「いい人かどうか」は、価値の先で測られるものです。
「貧乏で非力だけど、いい人」なんてのは、橋の下にでも見つけられます。いやもしかしたら、究極系があの人たちなのかもしれません。どんなに貧しい暮らしを強いられても、泥棒や強盗をせず、暑さ寒さも飢えも耐え忍んでいるのですから。

いずれにせよ、価値を蔑ろにして、人の良さだけで周りの人を味方につけようだなんてのは、そんなことは通用しません。たとえ親子間であっても。

できることから始める。

お金持ちじゃなければ金銭的な利益を与えることは難しい。権力もなければ特別な何か利益を与えることは難しい。秀でた能力を持っているわけでもなければ将来性に期待してもらうことも難しい。

でも、財力や権力や特別な能力を持っていなくても、それでも人に好かれてどんどん運ばれていく人は現実にいます。決して特別優れた能力を有しているわけではないけどリーダーに推される人や、多くの人に慕われるような人が、実際にいます。

そういう人と自分とでは、何が違うのか。何が足りないのか。

人の幸せや利益を念頭に置いて生きる

自分の儲けだけではなく、人に喜ばれることを考えるために頭脳を使う。人を楽しませるために言葉を発する。人の喜びのために手足を動かし、心では人の幸せを願って生きる。

全部ではなく、ごく一部だけ。要所々々だけ。今まで全部自分のために使ってきたものを、その何割かを周りの人のために使ってみる。

そういう意識を持っていると、次第に何もかもが変わってきます。

  • 人が楽しく会話できる相槌の打ち方ってどんなだろう
  • どういう時に人は嬉しい気持ちになるんだろう
  • 人間は何を求めて生きているんだろう

そういう疑問が次から次へと湧いてきて、それら疑問の答えが一つ見つかる(&実践する)度にぐんっと自分の魅力度の高まることが実感できます。

強くなることを求め続ける

いろんな意味で。精神的な面は言わずもがな。財力や権力、能力といった力の面でも、何でもかんでも上を見ていればいいというものではないけれども、自分らしい生き方や方向性の中で常に積極的に、求め続けること。

それはつまるところ「周りの人により多くの利益を与えられる人間になることを志向し続ける」ということ。

精神的に強ければ、それだけで周りの人には安心という利益を与えられます。将来の利益を期待させるだけの力もあります。多少性格に難があっても、そんなことには目をつぶれます。「いい人」よりはよっぽど運ぶ価値が高いと感じられます。

逆に、気弱な人が周りから重宝されないのは、気弱な人と付き合っていても利益を得られる可能性が低いと判断されてしまうからです。大物になりそうな感じはしないし、ましてや一緒にいると周りからナメられてしまうという不利益すら被る可能性も、時と場合によってはあります。

人の幸せを願いながら、強くなることを求め続けたいものです。

運がいい人は、どんどん良くなっていける

誰か一人でもあなたのことを「好き」と言ってくれれば、その影響でその周囲からの好感度も自然と少し高まるものです。一人二人でも協力的な人が現れ出したら、その少し先の人たちからの協力もかなり得やすくなるものです。

協力とは言っても、明示的な何か頼み事を聞いてもらうような意味での協力ではなく、「結果としてあなたにとって利益がある」ような何かしらのアドバイスであったり誘いであったり、そういった「あなたを運ぼうとする力のすべて」のことを意味します。

好きな人や、恩を売っておけば後々利益を得られそうと感じる相手を、悪い方に運ぼうとする人はいません。だからどんどんどんどん良い方へ運ばれるようになっていきます。

以上です、
ではまた

 

フォロー/Feed

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。