創造的な仕事では、完璧ではなく「満足」や「快感」を求めよう

完璧主義者

欠点や欠陥を見抜いて完璧を求め続ける努力は、創造的な仕事をする上で重要なものだと思います。会社で言えばピクサーや、人物で言えばスティーブ・ジョブズなどといった人は、完璧主義者の典型例のような組織・人物だとして有名です。

がしかし一方で、少なくとも傍目には、完璧主義に陥ってしまったがために失敗したように思える人や組織もたくさん存在しています。人生の中で出会う機会が多い完璧主義者はどちらかと言うと「失敗する完璧主義者」の方が多いように思います。

ジョブズに限らず、一流と称される人々はえてして完璧主義者のような印象を受ける人物が多いものですが、そういう完璧主義者と、まるで正反対に位置する大多数の完璧主義者たちは、一体何が違うのでしょうか。

失敗を許せる完璧主義者になろう

実は両者の違いを端的に分かりやすく言うのは簡単で、その違いは「失敗を許せる者とそうでない者との違い」と言うことができます。
失敗を恐れず突き進んで改善に改善を重ね続ける完璧主義者と、失敗を恐れて動きが鈍くなり神経ばかりすり減らしてついには完璧でない自分を責めるようにすらなってしまうことも多い完璧主義者の違いは、「失敗」というものに対する態度の違いとして明確に現れています。

その両者の違いを心理学的な研究で分かっている考え方で区別すると、それは「健全な完璧主義者」と「不健全な完璧主義者」という風に区別することができます。

健全な完璧主義者

健全な完璧主義者は、完璧を求めたがるその“圧力”が、自分の内面から沸き上がってきているものです。「もっと良い物が作れるはずだ」「もっと美しくしたい」「もっと喜ばせたい」…と。

そのため、たとえば周りから完璧主義者だと称されるとしても、だからといってその人物はただの神経症と区別がつかないようなタイプのそれではなく、たとえば物事の計画性であったり組織化能力であったりといった、他の要素もバランスよく保っているものです。

不健全な完璧主義者

一方の不健全な完璧主義者は、健全なそれとは真逆で、完璧を求める“圧力”は外部から、たとえば両親からの圧力であったり、周りの人からどう見られるか、どう評価されるかなどという気がかりであったりと、外的要因によって動かされています。

そのため不健全な完璧主義者には、抑うつ的な精神状態であったり、不安や摂食障害などに陥りやすい傾向が見られるといいます。もちろんこのタイプの人はあらゆることのバランスも欠きがちで、視野なんかもとても狭くなっていたりします。

つまり両者の違いは、表面的には「失敗を恐れない完璧主義者と、失敗を恐れている完璧主義者」という違いとして言い表せられますが、その違いのもっと本質的な部分における違いを考えると、次のように考えることができます。

健全な人は、自分の価値観に従って生きている

不健全な人はその逆で、他人の価値観に縛られて生きています。そのため身動きが取りづらく、マイナス評価となる失敗を強く恐れ、神経ばかりすり減らしながら生きています。

自分の価値観で生きているために、他者から見るといい意味で「ストイックだな」「すごいな」と見られる健全な完璧主義者と、
他者からの評価や他者の機嫌などを伺って、やりたくもないのにできる限り完璧に近づけようとしているだけの、不健全な完璧主義者。

この違いはつまり、求めているものの違いです。

自分の「満足」や「快感」を求めている前者と、「完璧」を求めている後者。周りから見たら同じ「完璧主義者」という単語で言い表してしまう人物像でも、その中身が全然違うのは、求めているものが全く違うからなのです。

精神論者の方が言う「完璧主義者はよくないよ」というのはもちろん、後者のそれのことを指しているのだと思われます。というかそもそも、前者の完璧主義者は、周りがそう呼ぶだけで、本人は決して自分を完璧主義者だとは思っていないものです。「パズルのピースが2,3個欠けていたら気持ち悪いだろ?だからそこを埋めたいと思っているだけだよ」みたいな感覚に、近いのではないでしょうか。

ということで以上、完璧ではなく満足や快感を求めよう(=自分の価値観に従って楽しく生きようぜ)という話でした。
ではまた。

 

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