成功法則で成功できない理由 – 目指す方向が違うからやる気が続かない

成功法則で成功できない理由 - 目指す方向が違うから、やる気が続かない

日本では年間に数千冊ものビジネス書が出版されているといいます。しかもその傾向としては「自己啓発」「成功法則」関連のものがもっとも多いとのこと。

このことは日本人の向上心の高さの現れではあると思いますが、同時に、それだけ思うような成果の出ている人が少ないことの現れでもあると言えます。

なぜ巷にあふれる「成功法則」で、実際に成功できる人が少ないのか。そのことを理解するのに参考になる話が竹田恒泰さんの著書『日本人が一生使える勉強法』にありましたので紹介します。

成功法則は興奮するけど、続かない − 価値観が違うんだから当然

  • 端的に言えば、ほとんどのビジネス書は「西洋的な価値観」を基に書かれています。翻訳本はもとより、著者が日本人であっても、その方法論や理論構成の基礎はアメリカで発案・開発されたものが主流と言えるでしょう。

  • 日本と西洋の価値観は根本的に異なります。根本の価値観が違うのですから、読んでも腑に落ちない。西洋式メソッドを実践しようとしたときになぜか違和感を覚えるのは、当然といえば当然なのです。


いわゆる成功法則として世に出回っている方法論の中身は、端的に言えば「夢や目標を明確にし、なりたい自分になったかのように振る舞いながら、期限を設けてタスクを実行する」といった類のもの。

それは一見すると理屈的には“正しい”ようにも思えます。多くの人が納得し、評価しているから、毎日のように出版され続けているんだと思います。ところが、そもそもの根底にある価値観が欧米人と日本人では違うため、日本人には合わない、と竹田さんは言います。

確かに、“合っている”のであれば、ビジネス書をよく読む勤勉な日本人のことですから、もっと実践者が増えて成功への階段を登っている途中にある人が大勢いてもいいような気がします。

多くの人が成功法則や自己啓発の本を読んで、その理論の理解や、これで自分も成功できるかもしれないという興奮はすれども、現実的にはどうも理屈ばかりで実践がなかなか伴っていないように見えます。

なぜ、なかなか実践が伴わないのか。
その理由は「何となく違う」という違和感があるからなのかもしれません。

やる気が続かない、という人が大半

やる気が続かないで苦しんでいる人が大勢います。でもよく考えみればそれもおかしな話です。「自分の願望が叶う道筋が見えている」「後はゆっくりとでもそこに向かって歩いていけばいいだけ」という状況下で、「でも歩く気になれないんです」というのは実におかしな話です。

つまりそれは「成功法則の理屈的な正しさは理解したけど、そもそも根本的に何かが違う」という違和感を感じているから動けない、のかもしれません。

ではその「そもそも根本的に何かが違う」の「何か」とは何か。それは「目指しているもの」なのではないでしょうか。目指しているもの、いわゆる夢や目標といったものが実は自分が本当に望んでいるものではないから、モチベーションが湧かないで苦しんでいるんじゃないでしょうか。

なぜ日本人は西洋式な成功哲学で必須となっている夢や目標に対して、モチベーションがいまいち湧かないのか。その理由はもしかしたら「価値観の違い」なのかもしれません。

「原罪」の欧米人と「生きがい」の日本人

  • 欧米人にとって働くとはいったい何なのでしょう。答えを先に言うと、彼らにとって働くとは「神から与えられた罰」と考えられています。

  • たとえ毎日の仕事が辛くとも、バカンスがあるから頑張れる。11ヵ月の罰に耐えれば、その先には1ヵ月のバカンスが待っているのです。

  • 働くとは「神から与えられた罰」であるという考えは、『聖書』に書かれています。(中略)人間は、自分たちが食べるものは自分たちでつくらなくてはいけなくなった、という趣旨の記述があります。宗派による違いはありますが、キリスト教では、これを人間が持って生まれた「原罪」としています。仕事は持って生まれた罪に対する罰という教えですから、労働は分かりやすくいえば「懲役」なのです。


年老いても働けていることを羨ましいと感じる価値観が日本人にはあります。しかし欧米人の価値観ではそれは「かわいそう」になります。

欧米の一般的な価値観としては、できるだけ若くして成功して30代40代でリタイアすることが成功であり、いつまでも健康で働けていることが幸せだという日本的な価値観とはだいぶ距離があります。

働くということに対する価値観がそれだけ違うのですから、成功というものを考えたときにその目指すところが日本人と欧米人とでは全然違っていてもそれは当然のことかもしれません。

つまり、働かないでも暮らせるぐらいの巨富を得ることをゴール・成功としている西洋式の成功法則を学んでも、それが成功だという価値観を持たない日本人にはどこか違和感が感じられてしまい、いまいちそこからモチベーションが得られず、そのために「頭では分かっているけど行動が伴わない」ということになってしまうのかもしれません。

  • もう一つ、彼らの労働観について言えば、英語の「Leisure(余暇)」という言葉には、「仕事から解放され、自分の自由になる時間」という意味があります。

  • 西洋社会に強い影響力を残す古代ギリシャで「労働(work)」を担っていたのは奴隷でした。生きていくために仕方なく奴隷にやらせる労働は、不自由で卑しい仕事。一方、財産を持つ特権階級の市民が担う真実の追求(哲学)や美の追求(芸術)といった活動こそ、人間が行うべきものであるとされたのです。

  • 「余暇」という言葉には、そうした考え方が根本にあるようです。

「自分の願望を実現」させても幸せにはなれない

  • 誤解を恐れずに言うなら、西洋的な成功哲学の目指すものは「巨富を築くため」ないし「自分の願望を実現させること」であり、それはすなわち「自分のために生きること」と言い切れるでしょう。

  • しかし残念なことに、自分のために生きて幸せになった人は、この世の中にいないのです。



「成功したい」とは、要するに「幸せになりたい」ってことだと思います。ほとんどの場合。
単に巨富を得たいだけ、幸せなんてどうでもいい、という人もいるかもしれませんが、そういう人なら放っておいてもがむしゃらに頑張れるでしょう。

成功哲学に類する本を2冊でも手にしたことがある人は、もれなく「=幸せになりたい」んだと思います。だから成功の方法論に迷ったり、やる気が続かなくて悩んだりするんだと思います。

となるとやはり、「巨富を築くため」ないし「自分の願望を実現させること」のための方法論である西洋的な成功哲学では、その理論に納得はできても気持ちがどこかついていかないという状態に陥ってしまうのも無理はないのかもしれません。

まとめ

誰もが、自分のことが一番分かりづらかったりすると思います。

また誰もが望んでいるであろう幸せも、幸せの形や状態なんてのを具体的にイメージすることはできないし、欲しかったものが手に入っても案外すぐ嬉しさの感情などは消えてしまうことからも分かるように幸せな状態を正しくイメージすることも非常に難しい(無理?)ので、余計に幸せというのは分かりづらいです。

成功法則を学んでも成功できないのは、この具体的に認識しづらい「幸せ」を、安易に物質やお金に求めているからなのかもしれません。

これをたとえば「お客さんに喜んでもらう」という願望に置き換えて西洋式の成功哲学を適用してみれば、もしかしたらその先に本当の成功があるかもしれませんね。


以上です、
ではまた

 

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